子どもの立場に立つ不登校支援③

子どもから見える学校という世界

 不登校をする子どもの中には、理由やきっかけがはっきりとしない場合も少なくない。いじめられているわけでもなく、友人関係のトラブルがあるわけでもなく、担任との相性が特別に悪いわけでもなく…。子どもの息苦しさがどこにあるのか、わからないケースが見られる。

 ヤスシは小学校の時は集団への適応で困難な面があり、トラブルをきっかけにパニックを起こすことがあったが、登校は毎日していた。算数が得意なヤスシは、高学年になって授業をリードするような存在になり、クラスのみんなもヤスシのことを認めるようになった。授業態度も活発で、休み時間も(限られているが)仲良しの友だちと一緒に遊んでいた。

 中学2年になると、2学期から不登校を始めた。ヤスシは文字を書くことがとても苦手な子どもであった。授業中の教師の話や友だちの意見などは、よく理解できる。教科書を読むのもそれほど苦痛ではない。しかし、ノートに書こうとすると文字を正確に書けなかった。隣の友だちを見るとスラスラと書いている。隣だけでなくて、クラスのほとんどの人が苦労せずに書けているように思えた。ヤスシの心の中に「どうしてぼくだけ…」という不安が膨らんだと予想される。

 定期テストの時も、数学や理科などは良い点数をとったが、国語や英語は思うように伸びなかった。英語は、勉強をしようとすると「吐きそうになる」と訴えた。母親は「本人のやる気が足りないんです。苦手だからって勉強しようとしないから…。勉強なんてできなくても良いです。友だちと楽しく遊んで、毎日学校に行ってくれれば…。」と言っていたが、ヤスシは一人で苦しんだ。

 思春期を迎えたヤスシは、苦しさを感じても、小学校の時のように誰かに伝えるのではなくて、また、パニックを起こすことで表現するのではなくて、自分の中に抑圧し続けたのではないかと思われる。周りの友だちがほとんどできていることが、自分にはできない。そうしたことは恥ずかしいことで、誰かに相談することではないと強く思うようになってしまったのではないか。中学校では、文字を書く機会が格段に増え、そのたびにヤスシはできない自分と向き合わなくてはならなくなったのであろう。

 ヤスシは、「書くことに大変さをもつ」発達障がいがあると思われる。発達障がいのある子どもは、学校生活では常に苦手な世界に苦しむ自分と向きあわされ、ヤスシのように疲れ果ててしまうことが少なくない。また、「できる、できない」の二分法的思考が強い傾向を持つ子どもの場合は、少しでもうまくいかないことがあると、「できない」自分を強く感じ自尊感情をますます低下させていくこととなる。思春期を迎えると、心理的に大人から距離を置こうとするが、それが悩みやつらさを身近な親に相談することを邪魔してしまい、一人で抱え込んでしまうことになる。特に、みんなができて自分だけができないことなどは、誰かに相談をすることではなくて自分がしっかりしないといけないと考えてしまう。「努力」や「やる気」の問題ではなく「できないことがあたりまえ」であっても、親を含めて周囲の理解を得られないと、子どもは自分を責め続け、学校から距離をとる(不登校をする)ことが必要となってくるのである。

 そうした時に、大切なことは登校を働きかけることではない。子どものつらさをしっかりと受け止め、安心して登校できる環境を整えることである。また、安心して生活できるようにすることである。そして、必要以上に自分を追い詰めないように、生きづらさの理由を正しく伝え、方法を一緒に考えることである。

 ヤスシは、その後、スクールカウンセラーと面談をするようになった。そこでは、学校のことというよりも、ヤスシは好きなアニメのことをたくさん話した。これまで出会った大人とは違い、そのスクールカウンセラーは、真剣にアニメの話を、時間が許す限りいつまでも聴いてくれた。ヤスシが、テストの時にパニックになることを話した時に、スクールカウンセラーはその苦しさを受けとめてくれた。そのことがヤスシは嬉しかったと言う。

 ヤスシは、今大学に通っている。「ぼくは、不安になった時に、『不安になって当たり前』『今は、がんばれないで当たり前』と自分で自分に言えるようになった。それが大きい。それは、中学校で不登校をした時に、あのスクールカウンセラーの先生と話をしながら、見つけた方法。」と笑顔で話してくれた。