作成者別アーカイブ: fumiya-kashima

2017年5月11日 子育てカフェ(臼杵市)

<テーマ> 今、気になる子どもの様子から
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<参加者の感想>
○初めての1年生の母親になって、小学校のこと、宿題のこと…たくさん考えることがありますが、あまり(高いところ)を期待し過ぎないことで、親も子どもも楽しくできるのかなと感じました。私は母親であり先生ではないので、宿題の出来も完璧を望まないこと!!
今日から早速したいと思います。ありがとうございました。

〇初めて参加させていただきましたが、楽しく、子育ての悩みについて語れてよかったです。皆さんの話に、「うちもある、ある」と思うことばかりで、自分だけじゃないと感じることができました。それだけで悩みが軽くなった気がします。子どもに問題があるのではなく、自分の問題としてとらえることを考えていきたいなと思いました。

〇久しぶりの子育てカフェでした。今回も楽しい内容でした♪
加嶋さんは、いつも的確な表現で分かりやすく悩みや解決方法や案などを示してくださるので、我が子のことじゃなくても、話を聞くだけでスッキリします。予防線を張り過ぎないこと、ピンチが来たらその時に考える、などこれからも取り入れていこうと思います。今日、改めて、私は加嶋さんのお陰で親としての困りがだいぶ減っている感じがしました。また、次回楽しみにしています。ありがとうございました。

〇久しぶりの参加させていただきました。この時間は、自分にとって本当によい時間だと思います。みんなで悩みを共感でき、子育てに関して頑張る気持ちがここで復活するような感じです。

〇今日は、久しぶりに加嶋さんのお話が聞けてとてもよかったです。やや「一番病」の長男に対して、予防線を張らず見守っていきたいと思います。また、この子育てカフェで初心に戻って、みんなで子育てについて楽しく語り合いたいなと思います。

次回予定
・日時 2017年8月10日(木)10:30~12:30
・場所 元気力ネットワーク事務局 大分県臼杵市江無田14組  0972-83-5690

 

ひきこもりの当事者たちとつくった情報誌「IBASYO」

表紙ひきこもり・不登校をしている青年たちと一緒に情報誌(全66ページ)を創りました。
当事者ならではの視点に満ちた内容となっています。
情報誌に掲載されている内容については、このホームページで少しずつ紹介致します。

グリーンコープの補助金(100円基金)で作成することができたので、希望する方には、無料で差し上げています。
ただし、送料はご負担下さい。
希望する方は、お問い合わせのフォームでご連絡下さい。
尚、冊数に限りがあります。
なくなりしだい、無料での配布は終了致します。

<情報誌の目次> 全66ページ

はじめに

1手記
・不登校、不安に襲われる日々
・僕のアルバイト日誌
・たかが太鼓の達人、されど太鼓の達人

2居場所
・お気に入りの時間 ~癒しの世界~
・Go  fishing!
・私の居場所 ~本の紹介~
・私のお気に入りの映画紹介

3イラスト
・翠雨の世界
・くさかんむりの世界
・漫画 「はんぱねぇ世の中」

4情報
・中学校卒業後の道 ~自分に合った道を選ぼう~
・高認(高卒認定試験)体験記

5おわりに

不登校をどう理解するか(最終)

説得されて登校する時

 不登校だった子どもの中に登校を始める子どもがいます。思いは様々です。ミカさんは小学校の時に不登校でした。当時をふりかえって語ってくれました。

■ミカが学校に行ってみた理由(わけ)
 ミカ(仮名)は、小学2年生から不登校を始めました。小学4年生の時、担任に何度か登校を促されました。「午前中だけでも、学校に来てみないか?」「給食だけでも、来てみないか?」「保健室登校をしてみないか?保健室に来ると、出席になるよ?」「運動会に参加してみないか?」…
ミカは「保健室に行けるんやったら、教室にも行ける。それが、できんから苦しいのに…。」と思いつつも「あ、はい…。」と答えることしかできなかったと話してくれました。

 ある時、担任と母親が話し合って「4時間目まで登校させてみる」ことを決めました。 母親が「4時間目まで行ってみたら。」と促すけど、自信がなかったから黙っていました。母親の機嫌が悪くなり、「黙っていたらわからんよ。あなたがどうしたいのかをハッキリしないと。」と怒りはじめたそうです。
 仕方がなかったので「4時間目だけ行ってみる。でも、4時間目が終わったら、すぐに帰るよ。」と約束しました。母親が嬉しそうに学校に連絡をしました。

 久しぶりの教室はとても緊張しましたが、「この時間が終われば帰れる。今日頑張れば、明日はゆっくり休める」と思い、何とか頑張って居ることができました。担任は、友だちと楽しそうに話をしているミカを見て「大丈夫そう」と思ったようで、4時間目が終わっても「帰って良いよ。」「この後、どうする。」と言ってくれませんでした。自分からは、他の友だちとの関係で「帰って良いですか?」とは言えません。ひたすら、先生から言葉をかけてくるのを待っていました。結局、給食の時間まで教室に居ましたが、気分が悪くなり我慢できなくて「先生、気分が悪いので帰って良いですか?」と申し出ました。

 担任が「今日はすごい。給食まで居れたね。」と、嬉しそうに言いました。でも、ミカは「1時間のはずだったのに、どうして帰してくれないの。約束が違う。」と腹が立ったそうです。
家に帰ると、母親が「すごいねえ。給食まで居れたね…。明日はどうする?」と聞いてきました。「明日は、無理かもしれない。」と答えるのが精一杯でした。
 ミカは当時の登校について、次のように語ってくれました。
「学校が、本当に楽しかったら誰かに言われなくても行くけど、私の場合は楽しくなかった。それでも無理して学校に行ったのは、お母さんが喜んでくれたから。学校に行くことができなくて、親を悲しませてばかりいるから、なんとかして喜んでもらいたかった。それと、学校に行くとお母さんの機嫌が良くなる。そうすれば、家が私の居場所になったから…。」
(プライバシー保護のため、少し事実と変えています)

■ミカの体験から見える不登校理解と支援
①不登校の子どもが登校する時は、「何か良いことがあるかもしれない」と思う時もあるが、ミカのように周りの大人のために行っている場合がある。特に、家族の言い合い(葛藤)が強いと、「自分が学校に行っていないからだ」と考えて、無理をする場合がある。
②登校した際に「普通」にしていても、本人は無理してテンションを上げている場合がある。だから、「このまま慣れさせる」のは、大人の善意であっても本人にとってはソフトな押しつけとなり、結果として大人への信頼を失うこととなる。それは、後々のことを考えるとマイナスとなる。
③帰りの時間を約束して登校させたら、時間を延ばしたい時は、誰もいない所で同意をえる。

不登校をどう理解するか➂

学校・社会との関係で捉える

不登校の原因を子どもの性格や親の子育て等、個人の問題と考えることに対して、不登校は社会の問題と捉えている方々もいます。その一人が、「登校拒否・不登校問題全国連絡会議」代表世話人の高垣忠一郎さんです。高垣さんは、日本の社会が変化していく中で学校が高速道路のようになった。不登校は、その警鐘であると捉えています。

■不登校の歴史

 昔の子どもたちが学校に行かない状態を表す言葉は「怠け休み」でした。1950年代後半から、家の事情や怠学以外で休む子どもが出てきました。「学校恐怖症」(大きな不安を伴い学校に行けない症状)という名称が用いられるようになりました。
 当時の不登校は病気として見られ、治療するものだったのです。その原因としてでてきたのが「分離不安説」です。それは、家族のあり方や子どもの性格に問題があるという考え方です。
 1960年代の高度経済成長期に入り、学校は子どもの「人格の完成」よりも社会に役立つ人材を育成する方向に変わっていきました。 1970年代になってオイルショックを境に受験競争が激しくなり、家でも「家の手伝いよりも勉強をしなさい」という親が増えました。
 1960年以降、不登校の子どもの数も激増します。学校が子どもの成長や発達に合わなくなったのだと考えられます。
 不登校の子どもが増えることで、原因を家族のあり方や子どもの性格で説明をすることができなくなり、とうとう文部省(当時)は「不登校はどの子にも起こりうる」(1992年報告)と認識を変えました。

■学校は高速道路?

 高垣忠一郎さん(元立命館大学院教授)は、
「学校が高速道路のようになっていった。自分のスピードで走ることが許されず、止まることも許されない。常に周りに合わせて走り続けなくてはいけない。自分が自分であっては行けない所になっていった。不登校は、そうした学校生活に疲れ切ってパーキングエリアに入り、自分の心を守る行動。」という説明しています。
 子どもはパーキングエリアに入り、これからの進む道を考えているのかもしれません。心を癒し、もう一度高速道路を走るのか、それとも次のインターチェンジで高速道路を降りて、風景を楽しみながら自分のペースで走れる道を走るのかを考えているのでしょう。目的地そのものを問い直し、走る道を探しているのでしょう。
 不登校を社会や学校との関わりで見ていくと、今日の不登校支援の問題が浮き彫りになります。「学力向上」が重視され、子どもだけでなく教師自身が生き生きしていない学校…。その学校のあり方を変えないかぎり、不登校の子どもの人数が減少することは難しいと言えます。

不登校をどう理解するか➁

子どもに学校があわない

「不登校ってよくわからない?」
「どうして子どもは学校に行かないの?」
と感じている大人は多いようです。
大人の多くに不登校の経験が無いから、どうしても子どもに問題があるように思えます。
しかし、子どもが行きたくないと思っている学校は、親の時代とずいぶん違ってきています。

■学校は牛乳?!

 「学校は牛乳と似ている。」と言っていた大学教授がいます。
 「牛乳は飲めば栄養になるかもしれないけど、人によっては下痢を起こす。多くの人は栄養になるが、そうでない人もいる。学校もそうではないか。学校に行けば栄養になる子どもは多いけど、今の学校に行こうとすると、体質に合わず身体症状を起こす子どもも当然いる。」と言っていました。
 ちなみに、牛乳を飲むと下痢になるのは「乳糖不耐症」という体質らしいです。10%近くの方がそうであるといいます。
 今の学校の状況に対して、子どもが拒否反応を起こしているのが不登校であるというのです。

■青魚と同じ?!

 「子どもに学校が合わない」といった説明をしている方は、他にもいます。「不登校の子どもは青魚である」と言っていました。
 青魚(アオウオ)という魚は中国に生息する魚で、2m・100kgを超える記録もある程大きな魚だそうです。とにかく大きい魚なので、戦争中に食料を増やすために中国から稚魚が大量に運ばれ、日本国内の20を超える府県に放流されました。しかし、利根川で少し育っただけで、それ以外の川では死滅したそうです。
 その理由は、中国の揚子江のようにとてもゆっくりと流れる大陸の河で生息する青魚は、日本の川は急流過ぎて合わなかったらしいのです。
 不登校の子どもたちも青魚と同じで、今の学校の状況に合わないと言います。
 「学校は牛乳」「不登校は青魚」のどちらも、的を射ているように思えます。学校に合わない子どもが増えているのではなくて、子どもが拒否反応をするほどに、年々学校がおかしくなってきているように思えます…。

■子どもが合わない学校とは

 「教師の多忙化」が問題になっています。OECD(経済協力開発機構)が、中学校の教員の国際比較をした際に、日本は世界で一番忙しいという結20140626合同朝刊果が出ました。その忙しい中身の一つに事務作業がありました。
 昔の教師も忙しかったです。毎日の授業の準備、休み時間にノートを見たり、サッカーを子どもとしたりする、放課後に勉強の苦手な子どもの指導、職員室で子どもの指導についての研修、夜遅くなってからの家庭訪問、先輩の家で指導方法を学ぶ、家で日記の赤ペンを書く、お便りを書く…。どれだけ時間があっても足りないほど忙しかったです。
 しかし、どれも子どもの笑顔が見たいという願いに結びつくので、忙しくて疲れても充実感が持てました。
 今の忙しさは、「子どもの育ちに結びついているのか」と疑問を感じる仕事に追われる忙しさですから、精神的に疲れてストレスを感じます。誰も見ないのではないかと思われる分厚い文書を作ったり、何の意味があるのかと思われる報告書を作ったり‥‥。パソコン業務をしながら「この作成している文書が子どもの育ちや指導に役に立つのか」と疑問を持つ教師もいると思います。
 そうすると、教師自身が楽しく生き生きとできません。教師が生き生きできない学校が子どもにとって楽しいわけがありません。
 教師の多忙化だけをみても、昔に比べ学校から子どもと教師の笑顔が消えつつある状況が見えてきます。